書籍版「高畑勲と「火垂るの墓」─「幻の脚本」と「7冊の構想ノート」を読み解く─」も先日読んだよ。まあ高畑は省力化なんてまったく考えてないよな。もちょっと考えたらどうですかとさえ思った。 実在の場所を写真撮ってきてそのまんま描く手法はジブリでは「海がきこえる」(1993)でやった(テレビ特番のため時間がなかった)が、若手スタッフはこの手法がうしろめたくて高畑・宮崎ら上層部には写真資料など隠してこっそりやってたという。 うしろめたいという感覚は今や失われてしまったと感じる。

pencroft

ETV特集「火垂るの墓と高畑勲と7冊のノート」のRECを観る。 作品世界を実際の場所を(時代は違えど)ロケハンし、徹底して調べて描く、ということを高畑勲はハイジからやっとるわけだが。 「涼宮ハルヒの憂鬱」(2006)以降20年近く続く業界内流行としての「アニメの舞台(のモデル)は実在の場所」を、オレはあんまり好きではない。それは高畑がやった仕事とは根本から違う。最大の目的は省力化で、現実をトレスすれば考えなくて済むからだ。つまり手抜きである